TALK 今までとこれからについて みんなで「ジョージズ」を語ろう MASAKI YOKOKAWA × GEORGE AMANO TALK 今までとこれからについて みんなで「ジョージズ」を語ろう MASAKI YOKOKAWA × GEORGE AMANO

「ジョージズ」のルーツは、1989年に京都・修学院で創業したインテリアショップ「GEORGE’S FURNITURE」。その創業者としてブランドの世界観を作ったのが、現在デザインビジネスプロデューサーとして活躍する天野譲滋さんだ。今回、30周年を記念し、代表の横川正紀との対談が実現。ふたりが語る今まで、そしてこれからの「ジョージズ」とは?

平成元年、京都・修学院にて創業。アメリカ雑貨に憧れて。

     
  • —まず、はじめに創業当時のことを聞かせてください。

      
  • 天野

    家具屋をやっていた父親の影響も大きいんですけど、大学生の頃、大阪の芸大でインテリアを学びながら、京都の「ソニープラザ」でアルバイトをしてたんです。その当時はソニプラぐらいしか、『ポパイ』に載るような舶来ものやアメリカの雑貨を扱うような店はなかったんですけど、そこで「ワッ、雑貨って面白い!」って思いっきりのめり込んで。まだライフスタイルって言葉もない時代でしたけど、図面やデザイン画を描く仕事より、家具や雑貨を扱いながら生活提案をするような店をやりたいと思って。大学4年の1月に京都の修学院で「ジョージズファニチュア」を創業しました。

  • 横川

    ジョージさんが店を始めた頃(1989年)、僕はまだ高校生で。西麻布のアンティーク家具屋で家具を磨くアルバイトをしてました(笑)。卒業後、インテリア好きが高じて、建築を学ぶために京都の美大に進んだんですけど、ちょうど一人暮らしをするアパートを探している時に、1階に「ジョージズファニチュア」が入っているマンションを偶然見つけて。部屋もロクに見ていないのに、そのお店の佇まいがあまりに素敵だったから、「ここいいですね〜」とか言って(笑)。予算オーバーだったけど、バイトしながらでも、そこのマンションに住むことに決めました。

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  • —横川さんが店の上に引っ越してきて、すぐにおふたりは親しくなられたんですか?

      
  • 横川

    あくまで店のオーナーさんとお客さんという出会いですね。ジョージさんが店の奥の机で仕事をしていたり、常連さんと話している姿を眺めて、純粋に憧れていた感じです。それにしても、本当にカッコいい店だった。オリジナル商品はひとつもないのに、セレクトというか組み合わせの妙がすごくって。無骨なテーブルの上にモダンなオブジェが飾られていたり、自分の暮らしに合うようにカスタマイズできるDIY的な家具もあって。とにかくオリジナリティがすごかったですね。それに、オープンしてそんなに時間が経っていないはずなのに、ずっと昔からある町の喫茶店や古本屋みたいな雰囲気も醸し出してた。「町の雑貨屋さん」として地元の人たちに愛されている。これはすごいなぁと。確か駐車場が足りなくなって、引っ越したんですよね?

  • 天野

    はい、それで修学院から京都でもさらに北の岩倉に引っ越しました。どこの駅からも遠いロードサイドの不便な場所でしたけど、ありがたいことに週末になると、関西中からお客さんが車で集まってきてくれて。クリスマスシーズンには、駐車場の警備も自分でやってましたね(笑)

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  • —お店のプロモーションは、どうしてたんですか?

      
  • 天野

    全然してないです。すべて口コミですね。SNSもインターネットもない時代ですから。あとは関西ローカルの雑誌に取り上げてもらうぐらいで。100パーセント仕入れの商品しかなかったけど、どうしたらわざわざ来て良かったと思ってもらえるか? 「いいお店ですね」と言われる空気感をどうやって作っていくか? そこはいつも客観的に自分の店を見て、自問自答しながらずっとやってましたね。満足することは一度もなくって、日々修正するしかなかったですけど。

コンセントは、ちょっと オシャレなサザエさん。

  • —ジョージさんがひとりで「ジョージズファニチュア」を始められてから10年。その後、横川さんと一緒に「ジョージズ」を作っていくことになった経緯を教えてください。

      
  • 横川

    当時、僕が日本で手がけていたアメリカの雑貨屋をリニューアルするときに、「あの素敵なお店のオーナーとやりたい」と思って、ジョージさんのことを思い出して、知り合いづてにあらためて紹介してもらったんです。それで、「京都だけでなく、他のお店も一緒にやりませんか?」とお願いして、家具だけじゃなくライフスタイルを提案するショップとして再スタートして、2001年に「ジョージズファニチュア」の名前を「ジョージズ」に変更しました。

  • —おふたりでブランドを始めるに当たり、ショップのコンセプトはどうやって決められたんですか?

      
  • 天野

    横川さんといろいろ話をしながら、「ジョージズ」のコンセプトを考えてるうちに、雑貨屋さんって女性をターゲットにした業態ばかりで、お父さんやおじいちゃん、おばあちゃんも気軽に入れるようなお店ってないよねって話になって。よし、それじゃあ家族を対象にした店を作ろうってなったときに、「日本を象徴する家族って?」って考えていったら、『サザエさん』に行き着いたんです。それで、「ちょっとオシャレなサザエさん」って言葉を思いつきました。

  • 横川

    『サザエさん』って、まず波平と舟のシニア夫婦がいて、サザエさん、マスオさん、タラちゃんのニューファミリーがいて、そしてカツオとワカメの学生がいる。彼らのような三世代ファミリーが集う地域の人に愛される店にしようって思ったんです。そうして生まれたのが、ジョージズファミリー。ペットは猫のタマじゃなくて、ゴールデンレトリバーでしたけど(笑)。ジョージさん、「デュラレックスのグラスは、夫婦喧嘩をして放っても割れない」とか、そういうポップも書いてましたよね。

  • 天野

    書いてましたね(笑)。僕ら的には、「ちょっとオシャレなサザエさん」っていう家族像やストーリーを作ることによって、こういう人たちにお店に来てもらいたいってことを、より具体的に可視化して、お客さんに思いを伝えていこうと思ったんですね。例えば、「ジョージズファミリーのアジアン旅行記」と銘打って、ふたりでベトナムに買い付けに出かけたり。もうふたりでバイイングにいくと大変なことになるんですよ。収集癖がすごいから。で、夜はホテルでひたすらパッキングするみたいな(笑)。

  • 横川

    今風にいうとペルソナって言葉になると思うんですけど、そんな言葉も知らなかったし、ジョージが好きなもの。ジョージの奥さんが子供たちに買ってあげたいもの。おじいちゃんとおばあちゃんが喜ぶもの。そういう視点で商品を選んでお店作りをしていましたね。もちろん、時代とともに人々の嗜好は変わるけど、基本的には今もそのスタイルは変わっていないと思います。スタッフの目線を合わせるためにも、ジョージズファミリーが必要だったんです。
    (後編につづく)

  • HELLO GEORGE'S FAMILY GEORGE'S FURNITURE HELLO GEORGE'S FAMILY GEORGE'S FURNITURE

どうなる雑貨屋さん?リアル店舗の意味とは?

  • —創業から30年経ち、雑貨が珍しかった時代からモノが溢れる時代になり、昔よりライフスタイル提案が難しくなっているように思います。そのあたりはどうお考えですか?

  • 天野

    確かに僕らが店を始めた頃は、雑貨屋さんって新しい業態だったし、「ランチョンマットって何?」って世界だったんですよ。当時は、日用品をECサイトで買う時代がくるなんて思ってもみなかったし。だけど、リアル店舗って僕はなくならないと思うんですよ。体験、体感、匂いとかね。値段や効率じゃなくて、そのお店で買いたいと思わせること。お客さんへの声がけみたいなことも含めて。空気感も体験だと思うので、それをどう「ジョージズ」が醸し出していくのか? お店でしかできないことが、まだまだあるんじゃないかなと思います。

  • 横川

    雑貨の世界でいうと、選択肢が増えたのはいいことだと思うし、ライフスタイルの多様化が進んだのは、悪いことじゃないと思うんです。時代はあまり関係なくて、個性があればあるほどファンは変わらず付いて来てくれるんじゃないかなと思っています。「ジョージズ」って、他のチェーン店に比べて、そこまで規模も大きくないし、均一化したサービスはできない代わりに、地域に根ざした提案をできる余地がある。そこはジョージさんが店を始めた頃と変わらない気がしますね。

  • 天野

    そういえば、昔、静岡の沼津店に視察にいった時、僕がお店のショッパーを持っていて関係者に見えたのか、駅前で学生さんに「私、ジョージズさんが大好きで、就職したいと思ってるんです」って声をかけられたことがあったんです。もう、それが本当に嬉しくって。なかなかここまで、地域に密着している雑貨屋さんってなかなかないと思うんですよね。

  • 横川

    そういうのって、すごく嬉しいですよね。その人の生活を全部カバーしなくてもいい。特に「ジョージズ」の場合は。チェーン店なんだけど、町の定食屋みたいな人の匂いが大事。単に料理を提供するだけでなく、スタッフが好きだと思うものをお客さんとの対話を通して広げていく。そういう愛情は変わらず大切にしたいと思いますね。

これからの「ジョージズ」。その先に描く未来とは?

  • —ジョージさんが「ジョージズ」から独立されて10年。今の「ジョージズ」を外から見て、どう思いますか?

  • 天野

    家族でたまに行かせてもらうんですけど、今の「ジョージズ」はすごく好きです。ボリュームたっぷりというか、創業時のテーマでもうひとつ「ちょっとオシャレなドンキホーテ」っという言葉があったんですけど(笑)、宝探し感覚の楽しさがありますよね。「一体、何が見つかるんだろう?」っていう。チェーン店なんだけど、お店によって見せ方が違ったりして。そういえば、昔ピクニックフェアをやったことがあったんですけど、あるショップだけ会期が過ぎてもフェアを続けていて、ちょっと怒ったことがあるんです。そうしたら、アルバイトのスタッフから「今月、この近くの小学校で運動会が3つあるんです」っていう話を聞いて、ハッとしたんです。そういう風に地域の人と寄り添いながらやってきたから、30年も愛されるブランドになったんじゃないかなと思います。

  • 横川

    ショップの構成は、基本的に全店一緒なんですけど、それぞれのお店で店長イチオシのコーナーがあったり、スタッフが手書きでポップを書いたり、場合によってはそのお店でしか扱わない商品もあるし、町によって全然違うんですね。僕はそれでいいんじゃないかなと思うんです。嬉しいかな悲しいかな、「ジョージズ行こうよ」って言われてるケースより、「あの雑貨屋さん」に行こうって言われてるケースが多い気がするんですよね(笑)。「あの駅にある雑貨屋さんね」みたいな。それって、すごく「ジョージズ」っぽいなって思うし、ブランドで勝負してるってよりも、“雑貨屋さん=ジョージズ”ってお客さんが思ってくれている。だから、あまりチェーン店って思われてない気がしますね。

  • 天野

    地域に根付いてるって感じるのは、すごく嬉しいですよね。今、ライフスタイルの領域を中心にお店のプロデュースや内装の仕事をしてるんですけど、そのきっかけとなった学びのエピソードがひとつあって。昔、「ジョージズ」でオリジナルのアロマキャンドルを作った時があったんですけど、コレが全然売れなくって(笑)。だけど、湘南台店だけ、なぜかすごく売れてたんですね。どうしてかというと、そこの店長がアロマキャンドルとバスソルトとバスタオルを組み合わせて、バスタイムセットとしてギフト提案してたんですね。贈る方も贈られる方も単純にモノじゃなくて、そこに込められた思いやシーンを想像できるカタチにして。その時、これがライフスタイルを提案することなんだなって、すごく感動したんです。未だにその時の経験が今の仕事に生かされているし、それこそ、こういうのって雑貨屋さんでしかできない提案だと思うんです。それが、「ジョージズ」のいいところだなって。ちょっとしたアイデアとか言葉で、みんなの暮らしが変わるかもしれない。これからもスタッフがワクワクして、お客さんが感情移入できるブランドであってほしいと思います。

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